“でもな”に始まる妥協点の発見

5歳児のりょうた君は友達数人と園庭で鬼ごっこをしていました。兄が遊んでいる姿を見つけて入園したての3歳児の妹が保育室から出てきて泣き出しました。泣き出した様子を見ていた先生が、「どうしたの?」と聞いてみると、「お兄ちゃんと一緒に“かくれんぼ”がしたい」と言うのです。そこで、先生がりょうた君たちの遊んでいるところに連れていくと、遊んでいた子どもたちもりょうた君の妹が泣いている姿を見て妹の周りに集まってきました。

先生が「お兄ちゃんと一緒に“かくれんぼ”がしたいと言って泣いているの」と子どもたちに伝えると、それを聞いてりょうた君が「でもな、ぼくは鬼ごっこがしたい」と言ったのです。その瞬間、隣にいたそうくんが「妹が“かくれんぼ”したいと言ってるんやで」と突っ込みを入れました。

もう5年ほど前になると思いますが、ハーバード大学におられたベンマーデル先生が、5歳児がごっこ遊びを通して、どのような妥協点を見つけて遊びを深めているかの研究成果を東京大学で発表されたことがあります。小学校の授業で“自分の思いをどう表現するか”“相手の思いをどう理解するか”といった内容は学習します。ただ、小学校で「自分の思いをうまく表現できる」という賢さと、「相手の思いをうまく理解する」という賢さは学習しますが、“賢さ”だけでは、その学習の延長線上にある社会で必要な“妥協点”を見つけ出しチームで仕事をしていく能力が育成されません。お互いが意見を言い合い、相手のことを考えて行動し、どの程度のところを“妥協点”とすると遊びがもっと楽しく、面白いものになるかを経験することによって、現代社会に必要とされるスキルを獲得していることを、マーデル先生は5歳児のごっこ遊びでの子どもたちの会話を分析することで証明されたのです。幼稚園での遊びの中で出てくる“でもな”の言葉は、小学校以降の学習よりも、もっと深い意味の“幼児期の学びの始まり”の言葉なのです。

りょうた君たちはお互いの意見を調整した後、しばらく妹と付き合って“かくれんぼ”としていました。その後、お兄ちゃんと一緒に遊べたことで満足した妹は、泣き止んで期限を取り直し自分の保育室へと帰っていきました。妹が機嫌よく帰った後、りょうた君たちは何事もなかったかのように鬼ごっこを再開し楽しい時間を継続していました。